2月になった。
今月は企画展の準備で忙しいはずなのに、まだ何の準備もすすんでいない。
気ばかりあせる状況。
今日は2月3日。節分。私の母の誕生日だ。77歳になる。
時々、母のつくったサバの味噌煮やきんぴらごぼう、みそ汁がとても懐かしく感じることがある。

自分の娘が妻のつくる食事をおいしそうに食べるのを見るにつけ、また、妻の実家で家族で食卓を囲む度に、母の味は大切な物だなと思う。特に男は最初の味の基準・感覚がそれで決まるわけだから、とても重要だと思う。
世の不景気も、戦争も平和も、希望ある未来もすべてはそんなところから解決できるのではないかなぁ。
母がアルツハイマーだと診断され4年が経った。
料理をしなくなって4年。懐かしむだけのものになってしまった。
イベントをおこないます。
平成
22年
2月
22日(月)という
2のゾロ目の日に、イラスト?展とトークライブを行ないます。
タイトルは
『建築をめぐる22の寓話』です。
詳細は
アリアフィーナ大阪まで。

普段は忘れているんだけれど、阪神高速道路の立体交差や橋脚などスケール感の大きな構造物が何気なく自分の身近にあることにとても感動することがある。大きな建築物や土木スケールの、所謂、建設モノがそれで、その理由のひとつは、その建設モノの一番端っこにあるネジやビス一本まで、実は、結局、人がそこまで行って作っているという当たり前のこと、非常にアナログなところに感動しています。

どんなに近未来的な建物もすべてそうだと思うと「人の手」って凄いなと思います。

それと同様の面白さで、ビルものの“コーナー見上げ写真”を撮るのが大好きです。こっそりとひとり楽しんでいたのですが、少しづつ、紹介して以降かなと思います。
素敵な、あるいはかっこいいビルものコーナーはやはり美しいです。
理由を例えて言うならば、エッフェル塔が美しく見えるのに東京タワーや新東京タワーがそう感じないのは何故なのか。。。。。
それは足元が抜けているかどうかの、ほんのちょっとした差なんだけど、そんなニッチ的な感覚を知ってもらいたいと思います。
成人の日。
成人の日が15日から第二月曜日になってから10年目。
成人の日というと、どうしても15日をイメージしてしまう。ハッピーマンデーだかなんだか理由はよく分からないが多分に経済至上主義からの理由で、本来の小正月つまり元服の日を成人式にしていたものを、文化そのものを破壊してから10年が経つ。
今日は大阪の某ホテルでおこなわれた建築士合格者の祝賀会に参加した。人はいくつかの場面で主人公になる時がある。成人式然り、合格して新たな一歩を踏み出す時もそうだ。それは実に力強く清々しい場面であり未来を感じることができる。それを意識出来るかどうか。。。
祝賀会を後にして堀川戎神社の十日戎宝の市神事の残り福に出かけた。

毎年毎年なぜこうやって神事に出かけるのか考えてみると、舞台を新たにして主人公を演じ続ける為なんだろうなと思った。久方ぶりに天神橋筋商店街を散策し、これまた久しぶりに「春駒」にて寿司を堪能した。
今年は正月2日に娘が高熱を出したため、予定の初詣も実家への挨拶もままならぬまま十日を迎えました。
で、初詣と十日戎を兼ねて大阪天満宮に出かけてきました。

天満天神えびす祭は、3年前から約半世紀ぶりに復活した祭事で、9日が宵えびす、10日が本えびす、11日が残り福となっています。堀川戎から流れてくる人も多いみたいです。今年から初詣と合わせてこちらにしてみようかなと考えています。
いずれにしても11日の残り福に行く予定です。
十日戎が過ぎるとお正月気分も終わりという感じですね。